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妊婦の救急搬送の経験(13) [妊婦の救急搬送の経験]

出産の時、切開した傷が日に日に痛みがひどくなりました。

診察を受けました。
診察をしたのは、産科の研修医と名札にありました。
診察室には彼、一人が待っていました。
大学病院は教育機関でもあるので、研修があるのはしかたないのですが、その研修医のおどおどした様子に不安を覚えました。

研修医は不安な様子、診察だけでいっぱいという感じでした。
診察をはじめてから、患部はみるのですが、私とはひとことも言葉のやりとりもなく、黙ったまま。
「どうしよう、どうしよう」という独り言の後、院内PHSのようなもで、他の医師に連絡を取り、症状を説明しました。
その間、私も不安でいっぱいで、痛くてもいいから、診察室から逃げたくなりました。
そして、研修医ではない医師が来て、診察、処置をしてくれました。

その医師は
「うさぎ苺さん」と、声を掛けてから診察し、
 
 ・ こういう症状だから
 ・ こういう処置をします

と、説明してから処置をしてくれました。
私は安心して、診察、処置を受けることができました。

研修医といえど、患者からみれば医師。
でも、不安がこちらにも伝染し、とても怖かったです。
ベテラン医師と比べると腕は違うでしょう。
でも、患者をこのように不安にさせないようにすることは、なんとかならないのでしょうか。

大学病院は高度医療の提供の場であるので、産科で知り合った患者さんはいろんな方がいました。

・妊婦検診で子宮頸がんが発見され、転院して出産された方。
・移植手術を受けたことがあり、免疫抑制剤を使用しながら、妊娠生活を送られた方。
・前置胎盤で、長期入院をし、自己血を採取して出産した方。
・1500gの未熟児を出産することになった方。
・障害を持った子を出産された方

・・・大学病院でないと出産が難しいと思います。
このような方は、担当医から高度医療を受けられる病院を薦められると思います。
その為に、自己判断で大学病院での出産を選び、このように高度医療を必要とされている方が受け入れを拒否されることになってはならないと思います。

私が知り合った方にも、自宅が近いからという方もおられました。
そういう場合、私のように研修になってしまうこともあるのではないでしょうか。
大学病院はそういうところなのではないかと思います。


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妊婦の救急搬送の経験(12) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットから、歩く許可が出たとき、私の靴がないことに気がつきました。
それまでは、まったく気にしていなかったのですが、救急車で搬送されてきたので、裸足で入院したのでした。
家族も靴や、病院内で履くスリッパに気が回らなかったので、まず、スリッパをもってきてもらうように頼みました。

痴呆症の検査で
「100 から 7 をひいて・・・」「そこから、7 をひいて・・・」
と、7 の引き算をするというのをきいたことがありました。

その検査が、出産の次の日ぐらいに、脳外科の医師が枕元で行われました。

「(痴呆症のテストと)おんなじだ!」

と、思ったのですが、頭が回転せず、ゆっくりとしか計算ができなかった覚えがあります。

そして、産科に移ってから、再び同じ検査が行われました。
私は暇なベットの上で練習していたので、さっさと答えられました。
ところが、検査は続きました。

「100 から 17 をひいて」
「・・・83」
「それから、17 をひいて」
・・・・
「・・・筆算していいですか?」

と、きいてしまいました。
私は、くも膜下出血を起こす前から、暗算がとても苦手です。

医師は主人に、主人に暗算が得意かどうか確認をしたそうです。
私は主人の前で暗算をしたことが、ほとんど、おつりの計算でもしたことがなかったと思います。

「暗算が得意かどうか知りませんが、理系です」

と、答えたらしいです。
医師は首をひねったらしいです。
医師が尋ねたのが、私の両親であったら

「とても苦手です。2桁の暗算はできません。」

と、答えたと思います。
主人の返答のおかげで、医師に回復があやしいと思われてしまったかもしれません。
現在でも、暗算は苦手です。
これがくも膜下出血の影響かどうかは不明です。

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妊婦の救急搬送の経験(11) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットから起き上がれるか、どうかの頃、クリニックで入院中の娘のとても心配なニュース(?)が飛び込んできました。

「斜頚(しゃけい)で、片方にしか首がむかない!首にしこりがる」
というのです。
いわれてみると、病室にある写真の中の娘は、すべて同じ方向を向いています。
クリニックの医師によると、自然に治ることもあるので、経過を観察するとのことでした。

まだ、写真でしかみたことのない我が子にそんな・・・。
私は斜頚というのを知りませんでした。
後で母子手帳をみたら、チェック項目にありました。
しかし、入院中の私は、インターネットで斜頚について調べることもできないので、どんな障害かとても不安でした。
大学病院の看護師さんにもきいたのですが、クリニックの医師と同じ答えでした。
それでも、すぐに治療をしたほうがいいのではないか・・・と、いろいろ思いました。

入院していて、搾乳以外やることがなかったので、そんなことばかり考えていました。
もう、心配で、心配で、はやく娘に会いたくて、たまらなかったです。

そして、トイレに行く許可がでると、搾乳も授乳室で行うようになりました。
授乳室では新生児を抱いて、授乳する母子の横で、搾乳しました。
ますます、娘に会いたくてたまらなくなりました。
ベットから起きられるようになり、シャワーや洗髪の許可もでて、身の回りのことができるようになると、元気になったような気がしました。
自分では、すぐに退院しても大丈夫な気持ちでした。

--------------------
<斜頚の後日談>

私の退院後、小児科医に診てもらい適切な対処をしていただいた結果、生後1ヶ月検診では首のしこりはほとんどわからなくなり、生後2ヶ月で娘の首のしこりは消えていました。そして、生後2ヶ月で首が据わりました。
身体の発達では、多少、体の左右で違いはありました。
でも、人間は誰でも左右同じではないので、許容範囲かと思っています。
(許容範囲のはじっこかもしれませんが・・・)
斜頚だったことも、いわなければわからないし、左右の違いもいわれなければわからないと思います。
例えば、片方の寝返りが得意で、もう片方はなかなかだったこと。
走ると、左右がなんか変かなという感じで、得意なほうと不得意なほうがはっきりしています。


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妊婦の救急搬送の経験(10) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットに寝たきりの私がどうしてもできなかったことは、寝たまま排便することです。
寝たままで、尿は管で無意識のうちに、体外へ排出されるのですが、排便は頑張らないといけないので、頑張れませんでした。

毎日、看護師さんに
「どう?」
と、きかれるのですが、できなかったです。

そして、約1週間後にベットから歩いて、トイレに行く許可がでました。
その時、看護師さんから
「今日、出なかったら、浣腸!」
といわれていたので、頑張りました。

頑張るのに、出産時に切開した傷は痛むしで、とても苦労しました。
おしりが痛くなりました。

私は使用しなかったのですが、大学病院に入院時、大人用オムツを用意するようにいわれたので用意もしてありました。
動けるようになったとき、オムツが用意してあったことに、びっくりしました。
私は産褥ショーツとパッドを使用して、寝たままの時は看護婦さんに取り替えてもらいましたが、排便の処理をしてもらうことには抵抗がありました。

帝王切開の友達は、産後初めてトイレにいったとき、付き添ってくれた看護師さんに、用を足した後、拭いてもらったといってました。
看護師さんが
「自分で拭ける?」
と、きいてくれたそうなので、そんなことはよくあるんだと思います。
産後は、普段では考えられないようなことで看護師さんのお世話になります。
看護師さん、すごい職業です。

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妊婦の救急搬送の経験(9) [妊婦の救急搬送の経験]

私の病名は、くも膜下出血でした。
病名を知ったのは、出産日の夕方、大学病院のNCUのベットで気がついたときでした。
くも膜下出血ときいて、病名は理解しましたが、感情がわいてこないときだったので、なんとも思いませんでした。
手の指も、足の指も動きましたし。

検査の結果、原因は不明でした。
動脈瘤、静脈瘤ともありませんでした。
原因不明だから、後遺症もなく、命もある・・・という、説明を医師から受けたと思います。

----

医師から説明を受けたことを、記憶もとにブログを書いているので、医学的にあっているかどうかはわかりません。
なにしろ、くも膜下出血した頭ですから、そのへんの記憶には自信がありません。
そのへんは、さっぴいて読んでください。

---

くも膜下出血の原因は、不明ですが、妊娠・出産により体に負荷がかかっていたと思われます。
予定日までは、順調すぎる妊娠生活でした。
妊婦検診では、どの検査も血圧も正常でした。
働く妊婦で、夜は10時~11まで、当たり前のように残業し、産前6週前から取れる産休も、5週間前まで働きました。

そして予定日を過ぎると、1~2日の間に、最低血圧80~90mmHg、最高血圧130~140mmHgと高くなり、妊娠中毒症※ の疑いがでてきました。
妊娠中毒症になると、帝王切開による出産が考えられます。
私の場合は、促進剤を投与し、自然分娩で出産するということになりました。

※ 2005年4月から、「妊娠中毒症」から「妊娠高血圧症候群」へと名称が変わりました。

ところが、促進剤が効かず、「帝王切開か・・・」と、恐ろしくなっているところへ、自分の陣痛が来ました。
私は、帝王切開がとても、とても、怖かったです。

・・・私は妊娠中毒症について、まったく知らなかったのですが、とても怖いと思いました。私は、痛くも苦しくもないのに、血圧の数値だけで、そんなに危険であると自覚できませんでした。

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妊婦の救急搬送の経験(8) [妊婦の救急搬送の経験]

私にとって、招かざる見舞い客、義兄夫婦・・・。

「赤ちゃん、かわいかったよ!」

と、義姉がいってきました。

私は、3回しか会ったことがないアカの他人に、そんなこと教えてほしくなかった。
私は自分の目で、我が子をみたくて、会いたくてたまらないのに。
そんなことが、同性でわからないのか・・・と、この無神経な能天気な発言に泣きました。
もちろん、義兄夫婦が見舞いから帰ってから。

点滴につながれ、ベットにもたれかかり、涙がこぼれそうになるのを我慢しながら、義兄夫婦の見舞いを受けました。
会話をしたいわけではないのに、会話をし、有難いなんて、思ってもないのに、
「ありがとうございました」
と、いいました。
病人なのに、なんでこんなに気をつかわなくては、いけないんだろうと思いました。

義兄夫婦の見舞いは、彼らの自己満足だったのではないでしょうか。
主人の親戚に、いろいろ病状をきかれて困るからといってました。
病人のことを考えれば、見舞いが負担な時の見舞いはありえないと思います。

・・・

そして、義兄夫婦を見送って、戻ってきた主人に

「帰った?」

それしか、いえませんでした。
いいたい文句は、たくさん、ありました。
しかし、救急車で搬送されてから、主人には病院関係や役所手続き、入院のこと・・・その他いろいろしてもらっていました。
まだ、入院生活は続きそうです。
何もいえなかったのです。

しかし、この時から主人に対する信頼は壊れました。
産後、ボロボロの私よりも、義兄夫婦の顔をたてることを選んだのですから・・・。
主人もやはり、他人なんだなと思いました。
娘に会いたいのに、会えなくて、精神的にまいっていたときだったので、精神状態も影響していたかも知れませんが、主人を許せませんでした。

この思いは、今でもあります。
忘れること、消えることはないと思います。

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妊婦の救急搬送の経験(7) [妊婦の救急搬送の経験]

一般病棟に移った頃から、娘に会いたくてたまらなくなりました。
搾乳も助産師さんに教えてもらい、手伝ってもらいながら、自分で始めました。
冷凍した母乳は、私の母が運びました。
毎日・・・。

一般病棟に移ると、招かざる見舞い客が来ました。
主人の兄夫婦です。
前日に、義兄夫婦が見舞いに来るときき、もう少し回復してからにしてほしいと、私はいいました。
義兄夫婦は、私にとって3度しかあったことのない、アカの他人です。
寝たきりで、点滴などにつながれた姿で、会いたくありません。
そして、産んだ私も会ったことのない、赤ちゃんに、私より先に会わせたくありませんでした。

主人は、
「せっかく見舞いに来てくれるというのを断れない」
「見舞いに行かないと、親戚からいろいろいわれる。義兄夫婦の顔をたててやってくれ」
といいました。

「もう少し回復してからでは、どうしてダメなのか?」

主人は黙って、帰りました。

そして、次の日、主人は病室に義兄夫婦を伴って現れました。
病室は個室、私は寝たきり、逃げることもできず、面会せざるをえませんでした。

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妊婦の救急搬送の経験(6) [妊婦の救急搬送の経験]

産後2日目ぐらいから、寝たきりの状態をつまらなく思うようになりました。
車椅子に乗って、NCUを出て行くほかの患者さんをみて、私も車椅子乗りたいと思いました。

MRIの検査をするときいて、私も車椅子に乗れると思いました。
でも、ベットに寝たままの移動でとてもがっくりしました。

そして、検査の結果、NCUをでれることになりました。
このまま、脳外科かとおもったら、産科へ移ることになりました。
産科の医師が来て、寝たきりの病人になんていったと思います?

「1日1万円の差額ベット代の必要な個室しか空いてないけどいい?」

「イヤです!」 と、答えられる患者は少ないと思います。
「イヤです!」 と、答えていたら、どうなっていんでしょう?

もちろん、「いいです」と、答えました。
満床の場合、差額ベット代が請求されないときいたことがありましたが、質問をする元気もなかったし、きけなかったです。

また、ベットのまま、移動しました。
移動したら、産科の婦長がすぐに「1日1万円の差額ベット代を了承する書類」にサインを取りに来ました。

さて、1日1万円の個室ですが、

 ・ トイレなし
 ・ 風呂、シャワーなし
 ・ 洗面あり
 ・ 電話あり
 ・ テレビあり

ふつうの病室にベットがひとつあるだけでした。
ぼったくり!と思いました。


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こどもの救急・応急手当講座 [子育て]

9月9日の救急の日にちなみ、娘の保育園で応急手当講座(無料)がありました。
医師と消防士が講師をされました。
子供の応急処置を中心に、人形を使っての実習もあり、よかったです。

私が受講しようと思ったきっかけは、医師をご主人にもつ友達が受講していたからです。
医師のご主人がいるのなら、必要ないのでは?と、私は思いました。
しかし、友達いわく
「主人が当直の時に、子供に何かあると怖いから」
とのことでした。
子供をもつ親として、自分の危機意識の低さを感じ、今回の受講に至りました。

その講座で、消防士の方がおっしゃったこと。

「本当に必要な時に救急車がりようできるよう、みなさんの正しい救急車利用をお願いします」

無料だからと、タクシー代わりに利用しているときに、本当に必要な人を搬送する救急車が出動していたら、どう思いますか。
私は、救急車で搬送されたことがありますので、心からそう思います。
あの時、救急車が出動していて、帰ってくるのを待たなくてならなかったら・・・。

さて、お役立ち情報です。
119番に電話して、夜間・休日など救急でかかれる医療機関を教えてもらえる事を知っていますか?
私はかかりつけの小児科医に教えてもらい、利用したことがあります。
こういう場合は、119番を気軽に電話してくださいとのことでした。

それから、こんなサイトもあります。

こどもの救急(おかあさんのための救急&予防サイト:生後1ヶ月から6歳まで)
http://www.kodomo-qq.jp/

ママの散髪やさん講座

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妊婦の救急搬送の経験(5) [妊婦の救急搬送の経験]

出産の翌日、面会に来た主人からから、初めて赤ちゃんの写真をみせてもらいました。
その中に、赤ちゃんが入院しているクリニックの看護婦さんが撮ってくれたポラロイド写真がありました。
「赤ちゃん、しっかりお預かりします」とメッセージがあり、安心しました。
このときは、写真がみれただけでも満足でした。
寝たまま動けないので、会いにいけないことはわかっていました。
主人にできるだけ、赤ちゃんに会いに行って、抱っこしてあげてほしいとお願いしました。

私は脳外科のNCUにいましたが、産後でもありました。
患者である私は動けませんから、産科から医師と看護師(助産師)が私の病室まで来てくれました。
私は寝たまま、おっぱいマッサージを受けました。

「おっぱいが出るように、貫通させます」と、助産師がきて、おっぱいをマッサージしてくれました。
「貫通しましたよ」と、ガーゼに、ゴマ粒より小さいのカスがとれたのをみせてくれました。
私は、産前にクリニックで、おっぱいが出やすくなるようにと、マッサージを教えてもらって、やってみていました。
カスなんか取れたことがなかったので、「プロは違うな」とおもいました。

そして、助産師さんは脳外科の看護師さんに、おっぱいマッサージを指導し、するように伝えていました。
脳外科の看護師さんは、「おっぱいマッサージをするのははじめて」と、いいながら、恥ずかしそうにマッサージをしてくれました。
助産師さんは手馴れてましたが、看護師さんは「痛くない?」と恐々という感じでした。

助産師さんと看護師さんのおかげで、初乳がでるようになり、搾乳し、冷凍した初乳をクリニックの娘は飲むことができました。
初乳はフルーツ牛乳のような色でした。

妊婦の救急搬送の経験(6)へつづく
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