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妊婦の救急搬送の経験(19) [妊婦の救急搬送の経験]


出産でトラブルがあったものの、私も もも も 無事に退院できたのですが、
私はトラブルがあったことを悔いるようになりました。
悔いても、やり直すことはできないのですが、なぜか、「普通に産みたかった」と思うようになりました。
私には出産前後の記憶がありません。
とっても、その記憶がほしくて、ほしくてたまらなくなりました。

大学病院に入院中は、ももに会いたくて、会いたくて、それだけでした。
そして、クリニックで、ももに会えたときは幸せでした。
なのに、退院して、ももが生後1ヶ月になり、生活が落ち着いてくると、トラブルのあった出産を振り返ってしまうのです。
生まれたての、ももに会いたかったなと思うのです。
この気持ちは、今でもあります。

3歳になった ももに、生まれてきたときのことを、きいてみたことがあります。

「生まれた時のこと覚えてる?」

すると、ずっと我慢していたのを吐き出すように、ワンワン泣きだしました。
 
「さみしかった」

といいました。いつもと違う泣き方で、目から涙をあふれさせてなくので、驚きました。
隣室にいた主人が、ももの泣き方がいつもと違うので、とんできたほどです。
私だけでなく、もも も、寂しかった。
それを、覚えているとは思いませんでした。
とても、不思議なできごとでした。

-------------------

他の人からみたら、無事に生まれたんだから、いいじゃないと思うかもしれないのですが、当事者にとってはそうではないのです。
出産、育児についての心配事は、つまらないことでも、心配しだすと結果がでるまでとまりません。
その間、イライラしたり、落ち込んだり。
妊娠・出産で、ホルモンのバランスが崩れてしまうからかも、未経験のママとしての生活への戸惑いかもしれません。

新米ママだった私は、まわりの

「だいじょうぶよ」

を、頭ではわかっていても、信じられませんでした。
そういう気持ち、わかってほしいなと思います。

こうして、私とももの育児ははじまりました。
失敗だらけで、思いつめてしまたり、自分を責めることもあります。

そんな、ママでも、ももはママが大好きです。
子育てって、ももの笑顔がみれると楽しいです。

他にも私のようなママもいるのかな・・・。

・・・いっぱいの失敗は、また。
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妊婦の救急搬送の経験(18) [妊婦の救急搬送の経験]

贅沢なクリニックでの入院生活はあっという間にすぎました。
自分の食事、3時間おきの授乳と搾乳、沐浴、たいくつする暇もなかったです。
それでも、ゆったりとした気持ちですごすことができました。
携帯電話を使用することができたので友達に、出産の報告もできました。
退院前には、アロママッサージもしてもらいました。

食事は、見た目も美しく、おいしかったです。

大学病院の食事は、「たくさんの量を作った味」、小学校の給食のような味でした。
大学病院では、多数の入院患者がいます。
それぞれの患者に配慮した食事が届けられる、あたりまえだけど、大変な仕事です。
大学病院でも、暖かいものは暖かく、配膳されました。
これは、私が入院する少し前に改善されたんだそうです。

ももの斜頚も、自分の目で確認しました。
同じ方向ばっかり向いていました。
看護師さんが、
「同じほうばっかりみていると、頭の形がおかしくなるからね」
と、タオルで反対の向きに向くように工夫して寝かせてくれました。

実際は、すぐに同じ方向を向いててまうのですが、1ヶ月様子をみるだけでなくて、こういう配慮はうれしかったです。

そして、私とももは退院することができました。
とってもうれしかったです。

ところが、これで、「めでたし、めでたし」では、なかったのです。
この退院がスタートでした。

・・・つづく

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妊婦の救急搬送の経験(17) [妊婦の救急搬送の経験]

転院し、ももと一緒の入院生活がはじまりました。

クリニックの医師は、大学病院の医師に何度も電話をして、私の病状を尋ねてくれていました。
そして、看護師さんたちは毎日のように、ももの写真にちょっとしたメッセージを添えて、主人や母にことづけてくれていました。
そして、私が退院したときには、あたたかく迎えてくださって、本当にうれしかったです。

私は大学病院では、赤ちゃんのケアのことは教えてもらっていなかったので、1からのスタートでした。
授乳室で、他のママたちと一緒に授乳しました。
生まれたての新生児と比べると、ももはずいぶん成長している感じがしました。
生まれたてのグニャグニャした感じではなくて、ちょっとしっかりしていました。

はじめての授乳、とっても緊張しました。
ももはゴクゴクとうれしそうにおっぱいを・・・哺乳瓶からのみました。
おっぱいから、直接、飲めなかったので、搾乳したものを与えました。
生まれてから、ずっと哺乳瓶でミルクをもらっていたので、おっぱいからは上手に吸えませんでした。
母乳がよく出るようになっていたので、おっぱいから飲めると思っていたので、おっぱいを飲むのも難しいんだなと思いました。
哺乳瓶の乳首は出やすく、おっぱいは吸うのに力とコツが必要なようです。

私とももの授乳は

 1. おっぱいから飲む練習
 2. 搾乳したものを哺乳瓶で飲ませる
 3. 搾乳

というサイクルを繰り返しました。
ミルクも足しました。
私が大学病院に入院中は、母乳100%で、退院後、一緒にいるようになって混合って、おかしいなとおもいました。
哺乳瓶に使用した乳首も、ミルクの出にくい吸うのに力の要るものを使用し、ももに頑張らせました。
生後1ヶ月になるころ、ももはおっぱいから母乳が飲めるようになり、搾乳とミルクは不要になりました。
母乳が出ていたから、頑張れたんだと思います。

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妊婦の救急搬送の経験(16) [妊婦の救急搬送の経験]

クリニックでは、花束を用意して、院長、看護師さん達が暖かく迎えてくれました。
やっと、娘に会えたとき、自然と涙が出ました。

小さな娘をこわごわと抱きました。
新生児を抱っこしたのは、はじめてでした。

「ももちゃん、100% 母乳で大きくなったのよ」

2週間、私が育てたのではないけど、私の母乳で育っていたのは、うれしかったです。

娘のことを、看護師さんたちは、たくさん抱っこをして、世話をしてくださったそうです。
とっても、よく泣く赤ちゃんだったそうです。

「ももちゃんは、ママが一緒にいないから、特別いっぱい抱っこしたのよ」

と、ほんとにかわいがって、お世話をして頂いたようです。

・・・新生児のももも、ママがいなくて寂しかったようです。
よく泣く赤ちゃんだったと書きましたが、私が会ったのは、よく寝て、あまり泣かない赤ちゃんでした。
看護師さんはこういいました。

「ママが来て、安心したんだわ」
「いっぱい抱っこして、かわいがってたのに、やっぱりママがいいのね」

「私がママって、わかるんですか?」

「もちろん、わかってるわよ」

ももが私をママと認めてくれたようで、とっても、うれしかったです。

そして、・・・まだ、つづくのです。

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妊婦の救急搬送の経験(15) [妊婦の救急搬送の経験]

結論として、私は2回目のカテーテル検査に同意しませんでした。

・ 娘に会いたくて、精神的に限界だったこと

・ 検査後、絶対安静を強いられるキツイ検査だったこと(みなさん、2度とやりたくないという検査です)

・ リスクが伴う検査であること
  父の友人が回復期のこの検査の医療ミスで死亡し、父が強く反対しました。
  (カテーテルで血管を貫いてしまい、脳内出血で死に至りました)

・・・等の理由でした。
私が同意書にサインをしなければ、検査はできません。
検査を受けないリスクを医師から説明され、納得し、出産したクリニックへ転院することになりました。
治療は外来で、投薬、MRI、血液検査、脳波検査を行いながらとういうことになりました。
1年後ぐらいに、再度、入院してカテーテル検査をするというはなしもでました。

大学病院の退院の日は楽しみで、化粧したりして、主人のお迎えを待っていました。
洋服マタニティを持ってきた主人に、もう、ふつうの服を着れるからとタイトスカートを持ってきてもらいました。
はじめて会う娘に、なるべくきれいにして、会いたかったです。

・・・つづく

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妊婦の救急搬送の経験(14) [妊婦の救急搬送の経験]

産科病棟内を移動する許可が出ると、私は元気になったような気がしました。
体は不自由なく動くし、看護師さんの手を借りなくても、身の回りのことはできました。
おなかはぺったんこになってるし、妊娠前の体に戻ったような感じでした。

気になっていた体重もはかりに行きました。
妊娠期間中に体重は、10kg 増えていました。
ベットで寝たまま動けませんでしたから、食べることは楽しみでした。
産後のボリュームのある食事を採り、差し入れのおやつを食べ・・・怖かったです。

体重は妊娠前に戻っていました。
これは、うれしかったです。
産後、1~2週間の頃でした。
よく、母乳がでていたので、そのせいかもしれません。

この頃、1回目の大学病院の治療費の請求が来ました。
びっくりするような金額でした。
出産費用をはるかに超える(2倍弱)金額でした。
まだ、請求はありませんでしたがクリニックでの出産費用も払わなくてはなりません。
娘も入院生活を続けていましたので、娘の新生児の医療費も想像がつきません。
医療費って、高いものだと思いました。
しかも、私のように突然、病気になることもあり、いきなり大金が必要になることがあるのです。
「備えあれば憂いなし」とはいいますが、備えっているんだなと思いました。

(その備えを使った後、どう次の備えをするか・・・というのも、大変です。
       ↑ 子供ができると、夫婦2人の時のようになかなか備えができない)

そして、元気になったと思った私は、退院を心待ちにしました。
ところが、再度、カテーテル検査を薦められました。
カテーテル検査をすると、さらに1週間は入院生活が続きます。
娘に会いたくて、会えるのを楽しみにしていた私は、泣いてしまいました。

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妊婦の救急搬送の経験(13) [妊婦の救急搬送の経験]

出産の時、切開した傷が日に日に痛みがひどくなりました。

診察を受けました。
診察をしたのは、産科の研修医と名札にありました。
診察室には彼、一人が待っていました。
大学病院は教育機関でもあるので、研修があるのはしかたないのですが、その研修医のおどおどした様子に不安を覚えました。

研修医は不安な様子、診察だけでいっぱいという感じでした。
診察をはじめてから、患部はみるのですが、私とはひとことも言葉のやりとりもなく、黙ったまま。
「どうしよう、どうしよう」という独り言の後、院内PHSのようなもで、他の医師に連絡を取り、症状を説明しました。
その間、私も不安でいっぱいで、痛くてもいいから、診察室から逃げたくなりました。
そして、研修医ではない医師が来て、診察、処置をしてくれました。

その医師は
「うさぎ苺さん」と、声を掛けてから診察し、
 
 ・ こういう症状だから
 ・ こういう処置をします

と、説明してから処置をしてくれました。
私は安心して、診察、処置を受けることができました。

研修医といえど、患者からみれば医師。
でも、不安がこちらにも伝染し、とても怖かったです。
ベテラン医師と比べると腕は違うでしょう。
でも、患者をこのように不安にさせないようにすることは、なんとかならないのでしょうか。

大学病院は高度医療の提供の場であるので、産科で知り合った患者さんはいろんな方がいました。

妊婦検診で子宮頸がんが発見され、転院して出産された方。
・移植手術を受けたことがあり、免疫抑制剤を使用しながら、妊娠生活を送られた方。
・前置胎盤で、長期入院をし、自己血を採取して出産した方。
・1500gの未熟児を出産することになった方。
・障害を持った子を出産された方

・・・大学病院でないと出産が難しいと思います。
このような方は、担当医から高度医療を受けられる病院を薦められると思います。
その為に、自己判断で大学病院での出産を選び、このように高度医療を必要とされている方が受け入れを拒否されることになってはならないと思います。

私が知り合った方にも、自宅が近いからという方もおられました。
そういう場合、私のように研修になってしまうこともあるのではないでしょうか。
大学病院はそういうところなのではないかと思います。


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妊婦の救急搬送の経験(12) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットから、歩く許可が出たとき、私の靴がないことに気がつきました。
それまでは、まったく気にしていなかったのですが、救急車で搬送されてきたので、裸足で入院したのでした。
家族も靴や、病院内で履くスリッパに気が回らなかったので、まず、スリッパをもってきてもらうように頼みました。

痴呆症の検査で
「100 から 7 をひいて・・・」「そこから、7 をひいて・・・」
と、7 の引き算をするというのをきいたことがありました。

その検査が、出産の次の日ぐらいに、脳外科の医師が枕元で行われました。

「(痴呆症のテストと)おんなじだ!」

と、思ったのですが、頭が回転せず、ゆっくりとしか計算ができなかった覚えがあります。

そして、産科に移ってから、再び同じ検査が行われました。
私は暇なベットの上で練習していたので、さっさと答えられました。
ところが、検査は続きました。

「100 から 17 をひいて」
「・・・83」
「それから、17 をひいて」
・・・・
「・・・筆算していいですか?」

と、きいてしまいました。
私は、くも膜下出血を起こす前から、暗算がとても苦手です。

医師は主人に、主人に暗算が得意かどうか確認をしたそうです。
私は主人の前で暗算をしたことが、ほとんど、おつりの計算でもしたことがなかったと思います。

「暗算が得意かどうか知りませんが、理系です」

と、答えたらしいです。
医師は首をひねったらしいです。
医師が尋ねたのが、私の両親であったら

「とても苦手です。2桁の暗算はできません。」

と、答えたと思います。
主人の返答のおかげで、医師に回復があやしいと思われてしまったかもしれません。
現在でも、暗算は苦手です。
これがくも膜下出血の影響かどうかは不明です。

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妊婦の救急搬送の経験(11) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットから起き上がれるか、どうかの頃、クリニック入院中の娘のとても心配なニュース(?)が飛び込んできました。

「斜頚(しゃけい)で、片方にしか首がむかない!首にしこりがる」
というのです。
いわれてみると、病室にある写真の中の娘は、すべて同じ方向を向いています。
クリニックの医師によると、自然に治ることもあるので、経過を観察するとのことでした。

まだ、写真でしかみたことのない我が子にそんな・・・。
私は斜頚というのを知りませんでした。
後で母子手帳をみたら、チェック項目にありました。
しかし、入院中の私は、インターネットで斜頚について調べることもできないので、どんな障害かとても不安でした。
大学病院の看護師さんにもきいたのですが、クリニックの医師と同じ答えでした。
それでも、すぐに治療をしたほうがいいのではないか・・・と、いろいろ思いました。

入院していて、搾乳以外やることがなかったので、そんなことばかり考えていました。
もう、心配で、心配で、はやく娘に会いたくて、たまらなかったです。

そして、トイレに行く許可がでると、搾乳も授乳室で行うようになりました。
授乳室では新生児を抱いて、授乳する母子の横で、搾乳しました。
ますます、娘に会いたくてたまらなくなりました。
ベットから起きられるようになり、シャワーや洗髪の許可もでて、身の回りのことができるようになると、元気になったような気がしました。
自分では、すぐに退院しても大丈夫な気持ちでした。

--------------------
<斜頚の後日談>

私の退院後、小児科医に診てもらい適切な対処をしていただいた結果、生後1ヶ月検診では首のしこりはほとんどわからなくなり、生後2ヶ月で娘の首のしこりは消えていました。そして、生後2ヶ月で首が据わりました。
身体の発達では、多少、体の左右で違いはありました。
でも、人間は誰でも左右同じではないので、許容範囲かと思っています。
(許容範囲のはじっこかもしれませんが・・・)
斜頚だったことも、いわなければわからないし、左右の違いもいわれなければわからないと思います。
例えば、片方の寝返りが得意で、もう片方はなかなかだったこと。
走ると、左右がなんか変かなという感じで、得意なほうと不得意なほうがはっきりしています。


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妊婦の救急搬送の経験(10) [妊婦の救急搬送の経験]

ベットに寝たきりの私がどうしてもできなかったことは、寝たまま排便することです。
寝たままで、尿は管で無意識のうちに、体外へ排出されるのですが、排便は頑張らないといけないので、頑張れませんでした。

毎日、看護師さんに
「どう?」
と、きかれるのですが、できなかったです。

そして、約1週間後にベットから歩いて、トイレに行く許可がでました。
その時、看護師さんから
「今日、出なかったら、浣腸!」
といわれていたので、頑張りました。

頑張るのに、出産時に切開した傷は痛むしで、とても苦労しました。
おしりが痛くなりました。

私は使用しなかったのですが、大学病院に入院時、大人用オムツを用意するようにいわれたので用意もしてありました。
動けるようになったとき、オムツが用意してあったことに、びっくりしました。
私は産褥ショーツとパッドを使用して、寝たままの時は看護婦さんに取り替えてもらいましたが、排便の処理をしてもらうことには抵抗がありました。

帝王切開の友達は、産後初めてトイレにいったとき、付き添ってくれた看護師さんに、用を足した後、拭いてもらったといってました。
看護師さんが
「自分で拭ける?」
と、きいてくれたそうなので、そんなことはよくあるんだと思います。
産後は、普段では考えられないようなことで看護師さんのお世話になります。
看護師さん、すごい職業です。

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